「売上が増えてきたので、そろそろ法人にしたほうがいいですか?」
個人事業主の方から、いちばん多くいただくご相談です。
よく聞く目安は「利益800万円くらいから」。ただ、この数字だけで決めると、あとで「思ったほど手取りが増えない」となりがちです。
このコラムでは、2026年の税制と府中市の国民健康保険の料率で、利益の水準ごとに個人のままと法人にした場合の手取りを試算で比べます。そのうえで、数字だけでは見えない判断のポイントをお伝えします。
結論:利益1,000万円までは、手取りの差は思ったより小さい
先に結論をお伝えします。
- 利益(青色申告特別控除の前)が500万円前後なら、個人のままが有利です。法人にすると年20万〜30万円ほど手取りが減ります。
- 800万円前後は、ほぼ同じです。役員報酬の決め方しだいで、法人が数万円有利にも、不利にもなります。
- 1,000万円で年20万〜35万円、1,200万円で年30万〜60万円、法人が有利になります。
つまり、「800万円を超えたから法人化すれば得」とは言い切れません。手取りだけで見れば、1,000万円くらいまでは大きな差が出ないからです。
理由は、法人にすると社長ご自身が厚生年金と健康保険に入り、社会保険料が会社負担と本人負担を合わせて年60万〜70万円増えるためです。税金が減ったぶんの多くが、保険料に置き換わります。
なぜ利益が増えると法人が有利になるのか
理由は、税率の仕組みの違いです。
- 個人の所得税は、所得が増えるほど税率が上がります(5%〜45%、ほかに住民税10%と、業種によって個人事業税5%)。
- 法人の税率は、中小法人なら所得800万円までの部分が15%です(このほか地方法人税・法人住民税・法人事業税がかかります)。
利益が少ないうちは個人の税率も低いので、差は出ません。利益が増えて個人の税率が上がってくると、「社長の給料(役員報酬)と会社の利益に分けて、それぞれ低い税率で払う」ことの効果が大きくなります。
もうひとつ、役員報酬には給与所得控除が使えます。会社員と同じように、給料の一定額を経費のように差し引ける仕組みです。個人事業ではこれが使えないため、法人にすると「控除がひとつ増える」ことになります。
試算:利益500万〜1,200万円で手取りを比べると
条件をそろえて試算しました(前提は表の下に書いています)。役員報酬は利益の60%としています。
| 事業の利益 (青色控除前) | 個人のまま 手取り | 法人 社長の手取り | 法人 会社に残るお金 | 法人の合計 | 差 (法人−個人) |
|---|---|---|---|---|---|
| 500万円 | 約383万円 | 約242万円 | 約114万円 | 約357万円 | 約26万円 不利 |
| 800万円 | 約563万円 | 約380万円 | 約187万円 | 約567万円 | 約4万円 有利 (ほぼ同じ) |
| 1,000万円 | 約683万円 | 約468万円 | 約236万円 | 約704万円 | 約21万円 有利 |
| 1,200万円 | 約797万円 | 約546万円 | 約284万円 | 約831万円 | 約33万円 有利 |
表は横にスクロールできます。
役員報酬を利益の50%に下げると(会社に多く残す形)、差は800万円で約15万円、1,000万円で約36万円、1,200万円で約59万円の有利に広がります。逆に70%に上げると、800万円と1,000万円ではほぼゼロか、わずかに不利になります。
- 所得税は2026年分(基礎控除104万円、給与所得控除の最低保障74万円)。住民税は所得割10%・均等割(森林環境税込み)5,000円、基礎控除43万円。復興特別所得税を含みます。
- 個人:青色申告特別控除65万円。国民健康保険は府中市の令和8年度の税率(所得割7.85%=医療5.63%+支援金1.92%+子ども・子育て支援納付金0.30%、均等割40,360円、40歳未満)。国民年金は月17,920円(令和8年度)。個人事業税は事業主控除290万円・税率5%の業種。
- 法人:協会けんぽ東京支部の令和8年度料率(健康保険9.85%、子ども・子育て支援金0.23%)、厚生年金18.3%、子ども・子育て拠出金0.36%。法人税15%(所得800万円以下)、地方法人税10.3%、法人住民税(法人税割7.0%=都1.0%+府中市6.0%、均等割7万円)、法人事業税(東京都の標準税率3.5%〜7.0%)、特別法人事業税37%。
- 社長は40歳未満(介護保険料なし)、扶養家族なし、ほかの所得なし。40〜64歳の方は介護保険料がかかるぶん、法人の有利幅が各5万〜10万円ほど縮みます。
- 含めていないもの:税理士報酬の差、設立費用(株式会社で20万円台〜)、法人を閉じるときの費用、退職金や生命保険などの法人ならではの節税策。
実例:立川市の建設業、利益900万円・5人家族の方の場合
立川市で建設業を営む個人事業主の方(利益約900万円、奥様とお子さん3人の5人家族)は、2026年に法人化されました。
健康保険は個人のときから東京土建国保(保険料が所得ではなく、組合員の区分と家族の人数で決まる建設業の国保組合)で、法人化後も「健康保険の適用除外承認」を受けて東京土建国保を続け、年金だけが国民年金から厚生年金に変わりました。
役員報酬は年540万円に設定。試算では、個人のままの手取り約619万円に対し、法人では社長の手取り約391万円と会社に残るお金約233万円で合計約624万円。差は年約5万円でした。
社会保険料は、個人のとき(東京土建国保+ご夫婦2人分の国民年金)が年約111万円。法人化後は東京土建国保(法人代表者の区分)+厚生年金で、会社負担と本人負担を合わせて年約174万円と、約63万円増えます。奥様は厚生年金の第3号被保険者になり、国民年金の支払いがなくなります。
つまり、手取りだけで見れば「ほとんど変わらない」法人化でした。それでもこの方が決めた理由は、「元請けから法人格を求められていた」「人を採用して建設業許可を取り、金額の大きい工事を積極的に請けたい」の2つです。保険料が増えるぶんの資金繰りを先に確認してから、設立に進みました。
金額は当事務所の試算にもとづく概算で、ご本人の了承を得て、特定されない形で掲載しています。ご夫婦とも40〜64歳(介護保険料あり)、奥様に収入なし、お子さんは16歳未満として計算。東京土建国保の保険料は2026年4月改定の料額表によります。なお、法人化を機に協会けんぽへ切り替えると、ご家族5人分は扶養として保険料がかからないため、この方の場合は差が年約19万円に広がる計算です。どちらが得かは、家族の人数と年齢で変わります。
表から読みとれる3つのこと
1. 「会社に残るお金」は、社長が自由に使えるお金ではありません
法人の合計が個人より多くても、その一部は会社の口座にあります。生活費として引き出すには、役員報酬を上げるか配当にするしかなく、そのたびに税金と社会保険料がかかります。
つまり、会社にお金を残す必要がない方(毎年、利益をほぼ全部生活費に使う方)は、法人化の効果が表より小さくなります。 逆に、設備投資や運転資金、将来の備えとして会社に残したい方にとっては、法人化の意味が大きくなります。
2. 社会保険料は「損」だけではありません
厚生年金は将来の年金が増え、病気で休んだときの傷病手当金も受けられます。手取りだけで比べると法人が不利に見える場面でも、保障まで含めると評価が変わることがあります。どこまで重く見るかは、年齢やご家族の状況で変わります。
3. 役員報酬の決め方で、結果が数十万円変わります
同じ利益1,000万円でも、役員報酬を年500万円にするか700万円にするかで、法人の合計は約37万円変わりました(当事務所の試算)。役員報酬は原則として事業年度の途中で変えられないため、設立前に1年分の数字を見て決めることが大切です。
2026年の税制改正で変わったこと
この1〜2年で、判断に関わる税制がいくつか変わりました。
① 所得税の基礎控除が大きく増えました(個人・役員報酬どちらにも影響)
2026年分と2027年分は、合計所得489万円以下なら基礎控除が104万円になります(本則62万円+特例42万円)。489万円超〜655万円以下は67万円、655万円超〜2,350万円以下は62万円です。
→ 役員報酬を年660万円くらいまでに設定する場合、本人の所得税はかなり軽くなります。一方、個人のままで所得が655万円を超える方は、恩恵が小さめです。
※住民税の基礎控除は43万円のままです。
② 給与所得控除の最低保障額が74万円に
2026年分から、給与所得控除の最低保障額が74万円(本則69万円+2026・2027年分の特例5万円)になりました。家族を役員や従業員にして給料を払う場合に関係します。
③ 中小法人の15%税率は「2027年3月31日までに始まる事業年度」まで
所得800万円以下の部分の15%は特例で、期限があります。延長されるかは今後の税制改正しだいです。
④ 防衛特別法人税が始まりました
2026年4月1日以後に始まる事業年度から、法人税額に4%が上乗せされます。ただし法人税額から年500万円を差し引いて計算するため、法人税額が500万円以下の中小法人は実質的に負担なしです(税額がゼロでも申告は必要)。
⑤ 青色申告特別控除が2027年分から見直し
2027年分以後、e-Taxで申告し、優良な電子帳簿などの条件を満たした個人は最大75万円の控除になります。逆に、紙で申告すると複式簿記でも10万円に下がります。個人のままの方は、電子申告への切り替えが前提になります。
⑥ 「法人成りで消費税が2年間免除」は、ほぼ過去の話に
以前は、資本金1,000万円未満で設立すると、最初の1〜2年は消費税を納めなくてよいケースが多くありました。いまは取引先からインボイス(適格請求書)を求められることが多く、インボイス登録をすると設立初年度から消費税を納めます。消費税の免除を法人化の理由にするのは、BtoBのお仕事ではおすすめできません。
法人化を考えたいサイン、まだ早いサイン
- 利益が2年続けて1,000万円前後にあり、今後も続きそう
- 会社にお金を残して、設備や人の採用に使いたい
- 取引先から「法人でないと取引しにくい」と言われた
- 従業員を雇う予定がある、または家族に給料を払いたい
- 融資を受けて事業を広げたい
- 将来、退職金の形でまとまったお金を受け取りたい
- 利益が年によって大きく上下する(低い年は法人のほうが負担が重くなります。赤字でも法人住民税の均等割7万円はかかります)
- 利益をほぼ全額、生活費に使っている
- 法人の事務(社会保険の手続き、毎月の給与計算、決算)に手が回らない
- 「節税になるらしい」以外の理由がない
当事務所の考え方
当事務所では、個人のままが有利なら、法人化はお勧めしません。 試算の結果をそのままお伝えします。
法人化は、一度すると元に戻すのに手間と費用がかかります。だからこそ、「いくら得するか」だけでなく、「会社にいくら残したいか」「社会保険をどう考えるか」「この先3年の売上の見込み」まで含めて決めていただきたいと考えています。
初回30分の無料相談で、あなたの数字で試算します。
法人化の損得・納税の見込み・資金繰りのうち、ひとつは数字でお答えします。直近の確定申告書(青色申告決算書)をお持ちいただければ、上の表と同じ形で試算をお見せします。
※このコラムは2026年10月時点の法令・料率にもとづいて書いています。試算は一定の前提を置いた概算で、実際の税額・保険料は、所得の内訳、家族構成、年齢、お住まいの市区町村、役員報酬の設定などで変わります。個別の判断は、税理士にご相談ください。
田村一彦税理士事務所(東京都府中市)税理士 田村一彦